組織やチームにおける教育・指導方法について語るとき、必ず出てくるのが「褒めるか、叱るか」という議論です。
メディアでも何かと話題になりがちなこのテーマ、少し前にNHKの番組でも特集されたことがありましたが、そのときは、褒める派、叱る派とそれぞれコメンテーターが分かれ、様々な実例も挙げながら、丁々発止の議論が展開されておりました。
(とにかく何があっても褒めちぎり、少子高齢化の昨今、受講者を飛躍的に伸ばしている自動車教習所のケースなども紹介されていましたが、そこにホリエモンが噛みつくみたいな、ある意味お約束な展開ではありました。)
全体としては、個人的な印象でいえば、褒める派がやや優勢といいますか、最近はパワーハラスメントの問題がクローズアップされていることもあって、叱るほうに舵を切るには及び腰になりがちなのか、私の同業者の中でも、こうした褒める系、いわゆる「傾聴・共感・承認」みたいなものを前面に打ち出した企業研修やコーチングなどを薦めている先生方も多くおり、概ね好評を博しているようです。もちろん、一方で、知人のコンサルタントの中には、叱るほうに力点を置いた研修サービスを企業向けに展開し、一定の需要を得ているという方もいらっしゃいます。
果たして、この議論、明確な正解というのはあるのでしょうか?
ここで、この「成長」に関して考察するとき、一つ押さえておきたい概念があります。
それは「弁証法」というものです。
近代までの哲学を総括し、現代哲学への橋渡しを行ったとされるヘーゲルにより提唱された概念ですが、大まかに言えば、ある命題(テーゼ)があり、それを乗り越えるには、まずはそれに反する命題(アンチテーゼ)を投げかける、その上でそれを統合・昇華させ(アウフヘーベン=止揚)、あるべき姿(ジンテーゼ=統合命題)に到達する、そしてそのジンテーゼが新たなテーゼとなり、それにまたアンチテーゼを投げかけて・・・という具合にこれを永遠に繰り返すことで、この世の中の発展・成長が進んでいくという概念。これは、人間個人に限らず、組織や文化、風習などすべてに当てはまり、何よりも歴史がそれを証明していると。
それまでの哲学者の言説というのは、どれも「絶対真とは何か」を追いかけていたようなものだったわけですが、それを「そもそも絶対真などない、時代とともに真理は変わってくる。いわばこれが絶対真だ」と言ってしまったわけですから、これまでの議論が全てひっくり返されてしまったようなもの、かなりセンセーショナルなことだったとも言えます。
経営学の文脈で言われる「創造と破壊」「イノベーションのジレンマ」などもこの弁証法に基づいていると考えられますが、我々個人が成長を考えるときにおいても、まずはベースにしたいところ、要は成長を目指すには、まずは現状の自分に対するアンチテーゼが必須であり、平たく言えば「自己否定」に向き合うことなくして、その後の成長はないということです。
ということは、やっぱり「叱る」に分があるってこと?
いえ、そう、事は単純ではありません。
結局、外部からの行為である「叱る」という行為を受けたとしても、各個人がそれを純粋に自身の成長のための自己否定と解釈できるとは限らず、相手の反発心を煽るだけになってしまうケースも多いからです。よく言われる、「叱るときは、その人の人格ではなく、行為を叱れ」というのも、その背景にはこうした意図が隠されているとも読み取れます。
一方で、「褒める」場合も、目指すべきは同じで、褒めることで、相手をリラックスさせた上で、現状のステージを正しく理解させ、その上で足らない部分を自主的に認識させ、次の行動に繋げるというのが、本来的な目的となるべきでしょう。別に、円滑なコミュニーケーションや相手に気に入ってもらうことが第一義ではないはずです。
詰まるところ、「褒める」も「叱る」も1つの手段であって、目的はあくまでも相手を内的な自己否定に向き合わせるということ、手段にフォーカスした議論はあまり意味がありません。
余談ですが、メダルラッシュに沸いた2016年リオ五輪で、印象的だったのが、柔道とシンクロナイズドスイミング。どちらも素晴らしい結果を残したわけですが、表面的に見てしまえば、井上康生監督と井村コーチの指導方法は対照的。場合によっては、「褒める派」VS「叱る派」みたいな論点で語られてしまいがちなわけですが、先のようにフォーカスしている視点に違いはないと考えれば、合点がいくとも言えます。
これはある指導者の方が言っていたのですが、「褒める」「叱る」という手段に正解はなく、結果から見てしまえばある意味サイコロの目を転がすようなものだということ。いや、サイコロの目と考えれば、単純に二つの選択肢だけで完結する話でもなく、目的が相手を内的な自己否定に向き合わせ、成長を促すことだとしたならば、安易に「褒めたり」「叱ったり」せずに淡々と現状を語ったり、静観したりという選択肢もあっていいはずです。
あなたの組織はどうですか?
日々の教育・指導方法を見直すきっかけになれば幸いです。
(2018-12-4)
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(2022-5-13更新)